人の本音を聴くということ

話を聞く
ITの発達、ネット文化とその発展が目まぐるしい今日この頃にあって、最近、自らのつらい体験を乗り越えて幸せを手にした女性の方々の実例記事などにも目を通し、心が動かされた。見ず知らずの人ゆえ、ネットの世界であるゆえにかえって吐露しやすいという面がある。それゆえに世の中の数々の試練を乗り越えた女性が、画面越しにこれほどの苦難を洗いざらい吐露してくれているという事実に身に染みる思いがした。

あるサイトにたまたま辿り着いたとき、心や体の健康が蝕まれる重大問題、離婚問題、DV問題と、絶えない問題ごとの体験が書かれていた。苦しんでいても未だ社会的にはヘルプの声や悶えるような悲鳴の声すら上げづらい状況にありながらも紡ぎ出すように吐露してくれた女性方のその一言一句を読み進めながら、泪が止まらなくなってしまった。ひと昔前ならなおさら声を上げづらい状況もまたつらかっただろうと憶測しながら一読させていただいた。

今は本当に、人生のあらゆる問題ごとについて何から何までのことが網羅されているという点では、とても便利で合理的に結論を導き出せる環境の整った時代であると私も日々実感している。情報過多の問題もあるが、きちんと情報整理をすることさえできれば自分なりの結論が出せるし、ちょっとネット検索するだけでたいていのことは調べられる。

そんなネットの世界にあって、生きていくことや自身の女性としての幸不幸に直結する切実な問題や境遇を打ち明けてくれているという事実がまず身に染みた。プライバシー保護のため、実例の一部を変更したり簡略化して書かれている記事もあったが、いずれも「聞かれない」ということがいかにつらいかということが伝わってきた。

「聴く」ということを巡って、最近、私自身仕事でたまたま巡り合ったお客様の本音を聴く機会があったことも印象に残っている。最初のうちこそ販売物の問い合わせメインにいろいろとお話しをされてきたお客様だったが、次第にご自身の家庭問題などをはじめ、見ず知らずの私にあらゆる苦痛を吐露し始めてきた。どんなつらさを抱えているのかを感じながらお話しをひとしきり聴かせていただくと、最後には「分かってくれてありがとうね」とお礼を云われ、去って行かれた。やはり誰もが理解者を求めているのだなということを再認識した出来事でもあったし、少しでも私なりにその人の真実のお声として聴こうと努める姿勢がお役に立てたと思うと嬉しかった。これは販売数に繋がるとか繋がらないとか、売り上げのこととは無縁のところで感じる嬉しさだった。

生きていくことにまつわる諸問題に対する社会的な認知も今以上に深まり、吐露しやすい状況になれば世の中はもっと優しくなると思う。聴くということは一見受け身に見えるが、実際は訓練もエネルギーも要る、能動的な作業だ。画面越しに皆様からの尊い「本音」を聴かせていただきながら、私も聴き上手に成長したいと改めて思った。